2019年8月27日火曜日
2019年7月15日月曜日
令和1年7月15日 千本首塚施餓鬼法要
千本首塚(静岡県沼津市千本浜) 天正八年三月、甲州武田勝頼と小田原の北条氏政軍が激突した遺跡。この時、北条方の優秀な軍船に制圧された武田軍は、なすところなく砲撃をうけて塹壕にひそみ、陸戦隊にふみにじられて敗退した。 この首塚に首なし武者の伝説が発生したことは、前述したとおりだが、明治三三年五月の暴風雨で欠崩し、おびただしい頭骨を露出させて村民を驚かせている。そのため村人は、ここを発掘して頭骨を集め、俵につめて長谷寺にもちこんだ。しかし間もなく本光寺の角地に塚を築き、石碑をたてて祀ってやった。 昭和二九年におよび、東大の鈴木尚氏によって正式発掘が行なわれると、これが伝承の如く戦国時代の首塚であることが確認され、すっぽりと刀で切り割られた頭骨などで歴史のあとが実証づけられた。(遠藤秀男著「日本の首塚」)
2019年7月9日火曜日
2019年7月1日月曜日
2019年4月16日火曜日
2019年3月6日水曜日
大諏訪天満宮で梅花祭【沼朝平成31年3月6日(水)号記事】
大諏訪天満宮で梅花祭
筆塚に献花し古い筆などを焼納供養
「東風(こち)吹かば匂ひ起こせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ」ー梅の花の季節、大諏訪天満宮で先月二十四日、梅花祭が行われた。
学問の神として祭られる菅原道真(菅公)の命日に当たる二月二十五日、京都の北野天満宮で行われる梅花祭は九百年の歴史を持つと言われているが、大諏訪天満宮も江戸時代初頭から四百年近い歴史があるという。
大諏訪天満宮は本門法華宗の吉祥院(佐藤光徳住職)境内にあり、明治時代の廃仏殿
釈(はいぶつきしゃく)の難を逃れて、神仏習合のまま現在に至っている。
このため、菅公の命日の二月二十五日ではなく、宗門の習いとして古くから命日の前日(逮夜)に例祭を開催。近年は、この日に近い日曜日に行っていて、今年は二十四日と日曜日が重なった。
もともと大諏訪では、同院建立以前から地元民に天神信仰があったといい、地元挙げての祭典として今に伝わり、紅白の梅が花を付ける中、老若男女大勢が集まった。
祭典は天満宮堂内での法要の後、境内筆塚への献花に続き佐藤住職らにより、使い古した筆や鉛筆が、かがり火で焼納供養された。
【沼朝平成31年3月6日(水)号記事】
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